2013年10月23日

鎌倉文学館の秋バラ

鎌倉の続きで翌朝のこと

三連休の三日目は超満員の昨日とは違い、好天にもかかわらず江ノ電の混み具合や通る車の量まで少なくなっていた。日帰りなら最終日が狙い目のようだ。

空いているとはいうものの、人気スポットは混んでいる、この日も穴場狙いで廻ることにした。

9時の開場を待って入場したのは「鎌倉文学館」、秋バラのシーズンが始まっているが人出は殆どない。

文学館-1.jpg 鎌倉文学館

鎌倉ゆかりの文学者、川端康成、夏目漱石、芥川龍之介、与謝野晶子など多くの文学者たちの資料が展示されている。この日は堀辰雄の特集が組まれていた。

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文学館-8.jpg 甘縄神明宮

長谷のあたりを歩いていたのだが、レンタサイクルを見つけ借りることにした。長谷で借り、鎌倉駅で返却できるのでとても便利だ。

自転車で鎌倉駅の反対側の鎌倉宮(大塔宮)へ写真を撮りに行ったのだが、コンサートの準備中と工事中が重なり、大塔宮は見ることが出来なかった。楠木正成と大塔宮の話は後日ということに。

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鶴ケ岡八幡宮の中を自転車を押して横断し、神奈川県立近代美術館の建物を見に行った。建築家の先生によると、鎌倉館はDOCOMOMOの日本の近代建築20選に選ばれたそうだが、借地権の問題で取り壊されるかもしれないとのこと。

文学館-010.jpg 鎌倉館

日本を代表する近代建築だという

文学館-011.jpg 喫茶店「風の杜」より



横須賀線の踏切を渡ると鎌倉五山三位の寿福寺だ、禅寺の佇まいが美しい。

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長谷の宿で昼食をし、好物の鳩サブレとシラスを買って早めに帰宅した。



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2013年10月17日

腰越状

連休は大混雑の鎌倉で過ごした、横須賀線は少しだけ贅沢をして750円プラスのグリーン車で満員を回避、江ノ電は580円の一日券で乗り降りを繰り返した。

鎌倉→長谷間はまさに超満員、乗れない人も大分出ていた。長谷を観光するなら鎌倉から歩くのがベストと思うが、江ノ電は人気のようだ。

由比ガ浜で一旦降り昼食をとろうと思ったがどこも満員、長谷まで歩いたが思うような店がない。七里ガ浜まで江ノ電で移動、海辺のお店は予約で一杯、江ノ電沿いのイタリアンで漸く席が取れた。

まず向かったのは「腰越状」で歴史ファンには有名な「満福寺」。どこも超満員だったのにここはほんの数人だけだった。

壇ノ浦の戦いで平家が滅亡した後、頼朝と朝廷との距離感に相違があった義経は、兄頼朝の逆鱗にあい、許しを乞いに鎌倉へ向かうが、腰越から中に入れてもらえなかった。

その時、義経、弁慶主従が逗留したのが満福寺だ。腰越状はここで兄頼朝との執り成しを大江広元に依頼した書状だ。満福寺には弁慶による下書きが残っている。

学者さんの中にはそのようなものは存在しなかったとする方もあるが、腰越まで来て何もしないで追い返されたとする方が不自然だと思う。

大江広元は頼朝の側近で、鎌倉幕府政所、初代別当、腰越状には「進上因幡前司殿」とある。

腰越-1.jpg 腰越駅の東側

腰越-2.jpg 満福寺

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腰越-4.jpg 弁慶の腰掛石

腰越-5.jpg 弁慶 腰越状下書き

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腰越-7.jpg 鎌倉彫の襖絵

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義経ファンなら誰でも知ってる満福寺、ガイドマップにもグーグルマップにも出ていない、歴史を知らない編集者が増えたということかな?



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2013年07月22日

武田信玄の湧水

小淵沢の駅で小海線に乗り換え、甲斐小泉駅で下車すると、駅のすぐ近くに故平岩郁夫氏の「シルクロード美術館」がある。ここから徒歩10分も坂を下ると「三分の一湧水・さんぶいちゅうすい」がある。

富士の国やまなし観光ネット」の説明によると以下のようだ

三分一湧水は、豊富な水量を誇る湧水を農業用水として利用するための堰です。
戦国時代の頃、水争いをしていた三つの村に等配分するために武田信玄が築いたという伝説が残っており、その堰の真ん中には三角石柱が設置されていて当時の知恵が現在も残っています。
八ヶ岳の懐から1日に約8500トンという豊かな湧出量を保ち、水温は年間を通じて約10℃。
三分一湧水は日本名水百選にも選定されています。




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写真一番奥の緑の囲いの場所からこんこんと水が湧き出ている

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実はこの堰は江戸時代に作られたらしいので、武田信玄とは関係はないようだ。



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2013年05月27日

馬籠宿と妻籠宿

GWの話題がとうとう月末までかかってしまった。渋滞予測で5/5が一番混むとの予想に、帰りは中山道を選択、恵那峡のホテルに泊まり、6日の午後に東京に向かい渋滞を回避することにした。結果から言うと大正解で、大した渋滞もなく、楽に戻ることが出来た。

急ぐ必要は無いので朝はゆっくりと出発、高速を使わず一般道で馬籠に向かう。

馬籠-1.jpg

中山道は日本橋を起点に、京都まで530km、対する東海道は504kmで遠回りになるが、箱根八里は馬でも越せても、越すに越されぬ大井川の渡しがあったので、中山道が安全だし、かえって早く着く場合もあったようだ。

日本橋から板橋宿→馬籠宿へは83里(332km)の距離で、43番目の宿場だ。ちなみに妻籠は42番目で峠越えに二時間はかかるようだ。向こう側まで歩きたかったが、戻るバスが無いので宿場を歩くにとどめた。

馬籠-2.jpg 急な坂が続く

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馬籠-5.jpg 上りがきついので小休止

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馬籠-011.jpg 感じの良い喫茶店

先ほどのウインナコーヒーがあらまな味と接遇だったので、入り口のお母さんに事情を話し、美味しいコーヒーを注文。気合を入れてたてたそうで、確かに美味しいコーヒーをいただいた。それではとスタッフにお土産をここで買う。


車で妻籠宿へ移動、便利な駐車場は既に満車で断られ、一番上の不便で遠い駐車場に入庫。

妻籠-1.jpg 馬籠方面からの入口

妻籠-2.jpg 人が少ない

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妻籠-4.jpg

妻籠-6.jpg

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馬籠-7.jpg 甲府方面からの入口

この時点で1時、美味しいそばとイワナ」を頂き一路東京へ向かう。いつもの相模湖の小仏トンネルを先頭に、普段の日曜日程度の渋滞ですんで疲れも感じなかった。







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2013年05月25日

天橋立

伊根から天橋立まではさほどかからない、天橋立に着いたのは丁度お昼、駐車場はどこもいっぱい、満車のため街を通り過ぎてしまった。Uターンし反対側の駐車場を探すと、薬屋さんの駐車場から出庫する車があった。5/5の日曜日でお店は休みなのだが、駐車場だけ営業しているとのことで即入庫。

お店の若旦那さんに海鮮のおいしい店を紹介してもらい向かう。すぐに入れたがつい先程まで満員でお断りしていたとのこと。入店後二組ほど入ると、すぐに準備中の札を出していた。ご飯が売り切れとのこと。

同業者の紹介だけあって大当たり、大満足の昼食だった。

天の橋立-1.jpg 天橋立

天の橋立-2.jpg 南東の入口

徒歩では往復2時間以上かかるとの情報に、貸自転車屋さんを数件探したが一台も無かった。なかでも一番大きい店でしばらく粘り、戻ってきた自転車を確保、楽に往復できた。

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天の橋立-4.jpg

天の橋立-5.jpg

反対側の方が圧倒的に人が多かった。しかしケーブルカーで山から見れるのはこちら側だ。

天の橋立-7.jpg ケーブルカーで登る

天の橋立-8.jpg ここから又覗き

天の橋立-9.jpg このように見える

天の橋立-010.jpg 帰りは景色優先でリフト



四時近くなっていた、この日の宿は木曽でかなりの距離がある。敦賀→米原→木曽 の予定であったが、ナビにホテルの電話番号を入れると大阪方面を大迂回して行くように指示が出た。

スマホで渋滞情報を調べるとこの時点では確かに通過する部分に渋滞は無い。迷ったがナビの言うことを聞くことにした。

車を進めるうちに渋滞が始まり、何故かナビは一般道に降りるように変更された。これが二回目の失敗で、他のナビも同様の指示を出しているようで、抜け道どころか、全く動かない事態に。やんちゃくれ農場の付近の南城市あたりをさまよう。

京都駅に着いたのは夜の9時、簡単になか卯で食事をとり、木曽に着いたのは深夜だった。


日本海側のコースを取ればこんな目には合わなかった。渋滞予測をもとに計画したのに、ぶれた自分が悪かった。1550km走ってみて、ナビは長距離の展望にたってコースは決めないということ。少し先のポイントまでの到達時間でコースどりするので、東名を選ぶか中央高速を選ぶかというような大きなコース取りは自分で決めるべきと思う。

今回の旅行でゴールデンウイークは太平洋側のコースは選んではいけないとつくづく感じた。


posted by ZEN at 15:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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