2014年03月19日

金沢武家屋敷跡

東尋坊は風も強く明るい雰囲気ではないので、気分直しに金沢へ向かった。高速を使えば1時間少々の距離だ。

十年ぶり位の金沢だが、前回駐車場が見つからず武家屋敷跡のある通りは車で通過したのみで、殆ど歩いていなかったのでこちらに向かった。

今回は時代の波だろうか、空き地に駐車場があちらこちらにできていて、キャパは十分すぐに止められたし、料金も安かった。昼食前に散策開始、ついでに食事場所も探す。

金沢-1.jpg 土塀の武家屋敷跡

金沢-2.jpg 梅が咲いていた

金沢-4.jpg 足軽資料館

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流石に加賀100万石の経済力、足軽の家も一軒家で結構広い、現代風にいえば3LDK程度の平屋だ。他藩で足軽といえば長屋住まいで、1Kに近いか2K位が一般的だ。

武家屋敷跡の通りを一周したが、駐車場のあたりが飲食店街だったので戻ってよさそうだと目をつけておいた加賀料理の店に入った。

入口には「絶対に後悔させません」と書いてあったが、ただの居酒屋で、しかも経営者の態度が悪いので、味はともかく、完全に後悔してしまった。

残った時間は市場を見学に行こうと決めたが、「野村家屋敷跡」にある和菓子屋さん「たろう」さんが美味しそうだったので、車でこちらに向かう。

買い物をしているとお店の方がとても感じが良く、是非隣の野村家跡の庭園を見ていかれたらいかがでしょうと声をかけてくださった。

何でもアメリカの庭園専門誌の日本庭園ランキングで3位になった庭園だとのこと。ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンで二つ星も頂いている。

金沢-6.jpg 野村家庭園

野村家は前田利家の直参で幕末まで続く名家だとのこと。1200石で当時は千坪もある屋敷であったらしい。現在は移築されたもので、庭園は小さいながらも実に見事、勧めてただいて感謝した。

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金沢-9.jpg 段差のある池


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金沢-011.jpg 茶室から

金沢-011.jpg もうひとつの茶室から


和菓子屋さんで抹茶をいただき気分一新、お店の方にお礼を言ってから「近江町市場」へ向かった。通りに入るといきなり美味しそうなお寿司屋があったり、焼きズワイがあったりで、昼食の店選びの失敗が悔やまれた。

ノドグロを半値近くまで値切ったりしながら買い物を楽しんだ。

レンタカーの返却は5時の約束、早めに空港近くの「安宅の関」に向かった。

義経が兄頼朝に謀反の嫌疑をかけられ、京から奥州平泉に落ち延びる際に、安宅の関で咎められたおり、弁慶の機転で何とか通ることができたという関があった場所だ。

そのようなエピソードから現在は難関突破の意味を込めて、合格祈願の神社となっている。

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金沢-015.jpg 安宅の関跡



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2014年03月17日

片山津温泉と東尋坊へ

年末年始は正月三が日のみ、それ以来の今年初めての自分の為に使える週末、弾丸ツアーに行ってきた。

今回は片山津温泉に泊まり、翌日は東尋坊と金沢に行ってきた。

片山津温泉は小松空港から車で20分程の温泉街だ。土曜日2時15分まで仕事をし、自宅を出たのが2時半、片山津温泉の宿にチェックインしたのが5時半、何と家から3時間で着いてしまったので箱根の強羅あたりより時間がかからないのだ。

買い物等でしっかりマイルを貯めておけば往復航空運賃は二人で二万円少々、空港からは送迎バスがあるのでここからは無料。


東尋坊-1.jpg 宿の窓から片山津温泉

白鳥の飛来地で有名な場所だが、残念ながら今年は既に北へ向かったとのこと。おまけに越前のズワイガニを食べに来たのに禁猟期間に入ってしまって、出てきたズワイは北の海のものとのこと更に残念。


翌朝は空港まで送ってもらって、今回初めて使うオリックスレンタカーで半日車を借り5300円、東尋坊へ向かった。

ゆっくり走っても1時間はかからない、借りたトヨタ車のナビは使いやすく快適だ。

今回初めての地「東尋坊」はTVドラマなどでおなじみだが、これまで縁が無かったのと、わざわざ自殺で有名な場所に行きたくないので避けていたのだ。


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東尋坊-8.jpg 雄島

橋を渡ると雄島の高台に「大湊神社」がある。

東尋坊-9.jpg 大湊神社一の鳥居


東尋坊で身を投げると雄島に流れつくという。時計回りしないと死ぬという馬鹿な話まであるので鳥居はくぐらずにUターン、怖いものには近づかないことにした。


東尋坊-010.jpg 白波の向こうは東尋坊


お腹も空いていないので金沢に行って昼食をとることにした。



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2014年01月16日

神戸北野異人館

有馬温泉で金泉、銀泉につかり、翌朝は六甲へ


神戸-1.jpg 神戸市街

寒いので神戸北野地区へ向かう


神戸-2.jpg 風見鶏の館

ドイツ人貿易商ゴットフリート・トーマス氏の自邸として、港が見える高台に明治42年に建てたもの。

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神戸-6.jpg ラインの館


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神戸-010.jpg イタリア館


神戸-011.jpg テラス席でランチ営業中


神戸-012.jpg 2階の水回り


神戸-013.jpg 調度品が超豪華


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神戸-015.jpg 半地下室


神戸-016.jpg 何と本物

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異人館は沢山有り、見るところを選ばないとそれぞれ500円から1000円取られてしまう。ほとんどの人が代表的な風見鶏の館を見て、あとは付近の散策のようだ。


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神戸-020.jpg スタバもおしゃれ


神戸-021.jpg タリーズも負けていない



早めに神戸空港に移動し、ANAのフライトを待つ。窓の外にはスカイマークのジェット機が沢山駐機しており、神戸空港はスカイマーク空港のような感じがした。


神戸-022.jpg 空港より神戸市街


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2014年01月14日

黒田勘兵衛と千姫の姫路城

「中国大返し」に思いを馳せながら、岡山城を後に姫路城に向かった。時間短縮のため高速道路を使ったが、1時間半ほどかかる距離で、当時の旧道は箱根マラソンの東京-箱根間の距離に近いのではと思われる。

マラソン選手が駅伝で走れば5時間半で走りきれる距離、馬で走れば大返しは十分納得がいくが、武器を持った徒歩武者がそんなに素早く戻れる訳は無く、秀吉は本能寺で異変があることを前もって知っていたのではとの疑惑もあるようだ。

姫路城で生まれた黒田勘兵衛の知略が、中国大返しでどのように大河ドラマで描かれるか楽しみである。

戦国時代好きの歴史ファンは多いので、本ブログでの考察はしないことにする。


備中高松城の水攻めは黒田勘兵衛の策、この時代に備中を手中に収めていたのは毛利方の清水宗治である。天正10年(1582)3月15日 秀吉は姫路城から備中へ2万の兵を連れ出陣、途中宇喜多勢1万が加わり3万の兵をもって備中高松城を攻めた。

毛利輝元率いる4万の援軍が接近している中、秀吉は主君信長に援軍要請したのだ。この時援軍として選ばれたのが丹波を平定したばかりの明智光秀だった。

この際秀吉は信長から一日も早く落城させるよう厳命を受けた。そこで出した勘兵衛の奇策が水攻めだった。


5月8日の工事着手からわずか12日で完工したという。6月2日の本能寺の悲報を受けたのはその日のうちだろうか、わずか2日後の6月4日の10時頃には城主清水宗治を城兵の命と引き換えに切腹させ、城の包囲は解かれた。

すぐさま京都山崎の決戦場まで約200kmをかけ戻ったという。毛利勢が信長の死を知り追撃しようにも、城のあたり一面は水が引いても泥沼で歩けなかった。


騎馬武者と徒歩武者が陣を整えたのは姫路城、ここで一日休息をとり、山崎に向かったのだ。

6月13日光秀死亡、翌14日には坂本城落城、6月27日清須会議と歴史は進む。



日本最初の世界遺産「姫路城」

姫路-1.jpg 姫路城


姫路-2.jpg 天守閣は工事中


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天守閣の屋根(天空の白鷺)見学は2時間半待ちなので諦めた


姫路-4.jpg 勘兵衛の鎧、甲


姫路-5.jpg 家臣の甲冑

公開中の櫓の展示場を過ぎ更に登っていく



姫路-6.jpg 天守閣のすぐ下


姫路-7.jpg 要所には石落しが


姫路-8.jpg 石落し


姫路-9.jpg 千姫ゆかりの西の丸の櫓


姫路-010.jpg 西の丸の櫓より


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姫路-013.jpg 千姫居室 


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姫路-015.jpg 千姫の羽子板






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2014年01月09日

岡山へ

正月は岡山空港からレンタカーでまずは倉敷へ、翌朝岡山を観てから姫路に向かった。テーマは秀吉の「中国大返し」、本能寺の変のあと、秀吉が水攻めをしていた毛利方の備中高松城(岡山市北区)と和議を速やかに結び、京都市山崎までの約200kmをわずか数日で駆け戻ったその地を訪れることだった。

備中高松城は岡山空港と倉敷の中間に位置する。なるほど川が近く、水攻めに向いていたことだろう。

今回は備中高松城跡には行かなかったが、秀吉が陣を置いた亀山城(岡山城の東側)までが秀吉の支配下、それより西側は毛利の支配下であったので、最前線に位置する岡山城を観ることにした。

亀山城は秀吉の世になり廃城となり、一部は岡山城に移築された。

岡山城は岡山後楽園に隣接しており、後楽園に駐車場と入口がある。

岡山後楽園は金沢兼六園、水戸偕楽園と並ぶ日本三公園の一つ、岡山藩二代目藩主池田綱政により約300年程前に造られた。


岡山-1.jpg 岡山後楽園


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岡山-5.jpg 巨岩を細かく割って運び元の形に戻した


岡山-6.jpg 公園の中間に城への道がある

岡山城の別邸が岡山後楽園で、殿様は船で往来していたそうだ。



岡山-7.jpg 岡山城



岡山-8.jpg 天守閣より岡山後楽園を望む



岡山-9.jpg 乗ってよい籠があった



岡山-010.jpg 自分も乗ってみたが案外広い



岡山-011.jpg 岡山城から後楽園に戻る



岡山-012.jpg



岡山-013.jpg



岡山-014.jpg


公園前の甘味処でお茶をして、一路姫路に向かう




posted by ZEN at 18:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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