2014年08月04日

調剤用のPCシステム刷新しました

8月1日スタートに向け、二ヶ月かけて調剤のコンピューターシステムを全面入れ替えしました。

製造会社、運営会社が全く違うので、同じ業務を行うのに使い方が全く異なります。まるで言語が違うように、使用するキーが違いますし、約束事も違います。

個人情報をより厳密に管理するために思い切って違うシステムに乗り換えました。
そのまま使い続ける選択肢もありましたが、より良い仕事が出来るように思い切って高級外車1台分の投資をしました。

シュア30%を超える優秀なシステムに乗り換えましたので、これまで出来なかったところまで深い管理ができるようになりました。

入れ替え作業に伴い、休日もないような日々が続きましたが、やっと終盤、先が見えてきました。

というわけでブログはさぼりっぱなしでした。もう少々忙しい日々が続きますが、徐々にペースを戻したいと思います。




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2014年07月10日

酒造りの森

先月の三峯神社の帰りに秩父市内の酒蔵を見学してきた。

寛延二年(1749)創業の秩父錦の蔵元だ。


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普段は入ることができない麹室を見学させていただいた。


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吟醸酒を造るには麹室まで違っていた。


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詳しくご説明いただいた上に試飲までさせていただき、3本も吟醸酒をお土産に買ってしまった。



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2014年06月19日

意外と身近な竹久夢二

若い頃はあまり好きではなかったが、年を重ね好きになったのが「竹久夢二」だ。

本店の二階には夢二のリトグラフと、この方の影響を受けた「カシニョール」のリトグラフが飾ってある。



岡山で生まれた夢二(竹久茂次郎)は17才の時福岡に移住、18才の夏九州から上京して早稲田実業に入学した。最初は戸塚の近藤家に住んでいたが、勉強に身が入らず飛び出しアルバイト生活をしていた。

苦学生だった夢二に同情し、第一銀行の重役土岐という人が市ヶ谷の自宅に書生として住まわせたのだ。(ここも良く散歩する場所)

夢二が正式に結婚した相手は「たまき(他万喜)」、たまきは先夫が病死したあと、早稲田の鶴巻町に絵葉書屋の「つるや」を開店した。(弦巻町は私が高校に通うのに使ったバス停の場所だ)

夢二は大正3年10月1日に日本橋呉服町二番地(現:八重洲1-2)に港屋という絵葉書屋を開いた。大手町から日本橋へ向かう途中に呉服橋の交差点がある、交差点の左手の公園がその場所だ。(ここも日曜日の散歩コース)

たまきも当然ここに同居するのだが、喧嘩が絶えず、夢二は家を出て神田区千代田町の借家に一人で住むようになり、神楽坂の芸者きく子のもとへ通いつめる。彦乃のこともありその後離婚。



有名な「宵待草」のモデルはお島さん、しかし神楽坂のきく子さん同様、夢二のひと時の相手でしかなかった。

夢二27才の夏、前年に離婚したたまきとどういう訳か銚子に旅行した。その際お島さんこと長谷川タカと出会いひと夏の恋をした。

宵待草は夢二の造語で月見草の事、夏が終わり嫁いでしまってもう会うことのできないお島さんを思って書いた詩と絵とのことだ。


港屋が開店してすぐに通っていたのが女子美の学生「彦乃」さんだ。夢二は永遠の恋人「彦乃」にのめり込む。

港屋で出会った彦乃と夢二は神田ニコライ堂や日本橋の一石橋(いちこくばし)を好んでデートを重ねたそうだ。

大正7年9月彦野は別府で病に倒れ入院、以後京都の東山で闘病した後、東京の順天堂病院に入院。

この頃夢二が住んでいたのが「本郷菊富士ホテル」だ。現在は空襲で焼失してしまっているが、ドラッグマルマツ春日店の裏、本郷菊坂のオルガノの敷地内(文京区本郷5-5)に石碑が建っている。明治の文豪ゆかりのホテルだ。

この時期から「お葉」さんがモデルとして菊富士ホテルへ通いだす。

大正9年1月16日彦乃永眠 23才の若さだった。

昭和9年9月1日夢二永眠 49才であった。


都心に住んでいるというのはそういう事かもしれないが、それにしても夢二は結構身近に暮らしていたように感じる人物だ。



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2014年06月14日

今回の断捨離終了

ゴールデンウイーク明けから始めた事務所のリニュアル、不必要なものを断捨離して終了。見回すと棚も結構スカスカで、本棚もいらない本は見当たらない。

今月末に三峯神社に出かけるのだが、資料を探していたら、どうやら年度が古いので捨ててしまったようだで、たまには失敗もある。

事務所内にあった商談用のほんの小さな応接セットは二階の待合室の椅子と机に生まれ変わり、ここでご相談を受けることにした。待合室内にあった三人がけのソファーは処分して、どなたかに貰われていった。

とういう訳で、私の事務所内は空きスペースが出来、ここで昼食や休憩が取りやすい、快適空間となった。

残念ながらTVは小さいものしかなく、オーディオも無いのだが、仕事中に事務仕事をする場所だからここにはふさわしくない。

ダラス窓にメカクシシートを貼ったため落ち着けるのだが、スタッフやカミサンに隠れ家のようだと言われている。


さて、先ほど長らく鹿児島から飯田橋のS医院に通われていた患者さんがいらした。鹿児島で重い荷物を背負わされ、心が疲れてしまわれていたのだが、その荷物も下ろすことができ、再びお嬢様と東京で暮らし始めたとのこと。

心の断捨離ができ、顔色、血色、明るさが見違えるようになり、70才を過ぎてとても綺麗になられた。この方とも数十年のお付き合いになるが、偶然であれ、必然であれ、心の断捨離も大切だと改めて考えた。



いつもスタッフや薬科大からきている研修生に話しているのだが、物事がこじれたら一旦コンセントを抜きリセットして再起動(PCにたとえている)すべきと思っている。

わけのわからない人と問題が起きたら、できるだけ早く立ち去り、あえて向き合わない。

当事者にとっては重大な問題に思えても、はたから見ればそれほどの事もなく、重大ではないことも案外あるものだ。心の平穏が乱れるのは、結構自分の思い込み、こだわりのようだ。

怒って立ち向かうより、立ち去りやり過ごしたほうがいい場合も案外ある。


PCのバグりも電源断してから最立ち上げすると、問題が解決することが多いのも同様と考えている。




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2014年05月28日

家具の MURAUCHI OKAY

今月はじめより事務所の引越しを初め、二階の店舗と事務所のリニュアルをしたのだが、最後の片付けが後一歩のところまで来た。

不要になった書類や書籍がたくさん出て、ゴミ出しに苦労した。捨てる基準は一年間必要としなかったもの、読まなかったもの、ただし貴重な資料や特別愛着があるものは残した。

結果事務所内の本棚はガラガラ、本を読まない人のようだ。

2階の待合室の三人がけのソファも捨てて、事務所内にあった椅子と机が結構コンパクトなので待合室で使うことにした。

1m80cmもあるソファは粗大ゴミでしか出せない、その他壁に掛けてあった特注の大きなネット2個も処分することにした。

粗大ゴミの回収は26日の月曜日の朝とのことなので、土曜日閉店後の店のシャッターの前に置き、回収の準備をした。

ネットは倒れると危ないのでビルとビルの間にしまい、ソファには「差し上げます、ご自由にお持ちください」と紙を試しに貼っておいた。

断捨離するとき、使えそうなものは一応店の前に「ご自由にお持ちください」と貼って出しておくのだが、1時間以内にはいつもどなたかが持っていかれるのだ。

挨拶していく人もあれば、紐で持ちやすくしてくださいと社員さんを使う人までいる。大抵は黙って持っていかれるのが普通だ。

おかげで粗大ゴミの日を半月も待たなくて済むし、すぐに片付いてくれる。何よりも使ってくださる方があるということは断捨離の決断がしやすくなる。


さて、こうして事務所内の机と椅子が表の待合室に出たわけだが、今度は事務所内で休憩する椅子が無くなってしまった。

いつもは錦糸町のアルカキットにある村内家具の「OKAY」という家具屋さんに買いに行くのだが、店内リニュアルで二ヶ月間休業中なのだ。再開までまだ数週間かかる、それなら八王子の本店に行こうと、先日の日曜日車で出かけたのだ。

村内家具の会長さんとは2004年秋、IKEAなど欧州の視察旅行をご一緒したことがある。村内氏は日本ボランタリーテェーン協会の当時代表をなさっていて、その頃新米ながらこの協会の監事に就任させていただいたばかりの頃のことだった。

その時に見に行った「IKEA」は圧巻だったが、村内家具八王子店は日本製中心の「MURAUCHI」と輸入家具の「OKAY」そして「村内BMW」、「村内美術館」が併設されていて、そのノウハウはさすが村内会長だ。

昨年だったか「がっちりマンデー」で村内さんが取り上げられていたのも頷ける。


道路を隔てた向かい側に「○○リ」の大型店があったので一応覗いてみた。確かに安いものがあり、一応は使えると思うのだが、村内の品質を見てしまうと、今回の買い物については差が歴然だった。

社員さんも皆さん質問に丁寧に答えていただけるし、サービスが行き届いている。本館6階のカフェレストランもお客様サービスの為三割程度は飯田橋価格より安いと思った。

私が買った椅子は展示品で、現品のみのサービス品、高品質なのに三割引きの品だった。机も他の売り場から持ってきて、丁寧にコーディネートの相談に乗ってくださった。

出かける前のイメージとは異なる買い物だったが、担当した社員さんの事をカミサンが「AKBよりよっぽど綺麗だね」という程可愛らしさのある美人だったので、すぐに購入した。



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